ジャズの歴史 #8:2000s-現在|コンテンポラリー・ジャズとクロスオーバー

逆光でのなか演奏するジャズマンたちをバックにHistory of Jazz #8 の文字

2000年代に入り、ジャズはこれまで以上に多様な進化を遂げていった。伝統回帰を掲げたネオ・バップや、洗練されたポップなサウンドを持つスムースジャズが広まった1980年代から1990年代を経て、ジャズは次なる変革の時を迎えることになる。

この時代、ジャズは二つの大きな流れに分かれた。一つは、コンテンポラリー・ジャズ という形で、ジャズの伝統的な要素を引き継ぎながら、よりモダンなアプローチを試みる動きだ。そしてもう一つは、ジャズが他の音楽ジャンルと積極的に融合し、全く新しい形を生み出す クロスオーバージャズ の流れだ。

この二つの流れの中で、ジャズは新たなサウンドを模索し、クラブやフェスティバルといった異なる音楽シーンとも結びついていく。これまで「ジャズ」とされてきた枠が徐々に曖昧になり、時には「ジャズ」とすら呼べないような実験的な音楽が生まれることもあった。

ジャズはこの20年でどのように変わり、どこへ向かっていったのか?2000年代以降のジャズの進化を振り返る。

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コンテンポラリー・ジャズの台頭

2000年代以降、ジャズはより自由な表現を求め、進化を続けてきた。その中で、伝統的なスタイルを受け継ぎながらも、現代的なアプローチを取り入れたのが コンテンポラリー・ジャズ だ。

このスタイルは、ビバップやハードバップの即興性を基盤にしつつ、和声やリズムをより複雑にし、ジャンルの垣根を超えたアレンジを採用するのが特徴。ミュージシャンたちは、単にスタンダードを演奏するのではなく、オリジナル楽曲を積極的に作り、個性を前面に押し出すようになった。また、アコースティック楽器だけでなく、電子音楽やクラシック、民族音楽の要素を取り入れることで、多彩な表現が生まれた。

この流れの背景には、1990年代までのジャズの発展がある。ネオ・バップの影響で伝統回帰の動きが強まったが、次第に「新しいジャズを創造するべきだ」という考えが広まり、実験的な和声やリズムを駆使する試みが増えていった。さらに、ロックやヒップホップの電子音楽との融合、ポップスの多様化が進む中で、ジャズも固定されたスタイルに縛られず、他ジャンルの要素を自由に取り入れるようになった。

こうした変化に加え、ストリーミングの普及によりリスナーの聴き方が変化し、特定のジャンルにこだわる必要がなくなったことで、ジャズの表現はますます自由に。こうしてコンテンポラリー・ジャズは、アーティストごとに大きく異なるサウンドを持つ「ジャズの枠にとらわれないジャズ」へと発展していった。

コンテンポラリー・ジャズの代表的なミュージシャン

伝統的なジャズの即興性に、クラシック、ロック、ヒップホップ、電子音楽など、幅広いジャンルの要素を取り入れたコンテンポラリー・ジャズ。その革新を象徴するミュージシャンたちは従来の枠にとらわれない多様な音楽性を持つ。

ブラッド・メルドー(Brad Mehldau)|ジャズとクラシックの融合

ブラッド・メルドー(Brad Mehldau)は、コンテンポラリー・ジャズを代表するピアニストの一人だ。ジャズの即興性とクラシック音楽の構成力を融合させた演奏スタイル を持ち、特にバッハの影響を強く受けたハーモニーとポリフォニー(多声音楽)のアプローチが特徴的だ。

彼のソロ・ピアノ作品やトリオでの演奏は、従来のジャズピアノとは異なり、左手と右手の動きが独立しながらも複雑に絡み合い、緻密なサウンドを生み出している。また、ジャズの枠を超えて、レディオヘッド(Radiohead)やニルヴァーナ(Nirvana)など、ロックの楽曲をジャズアレンジで演奏することでも知られている。

彼の代表作 「The Art of the Trio」 シリーズは、ジャズピアノの新たな可能性を示した作品として高く評価されている。


エスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)|新時代のジャズ・ヴォーカル&ベース

エスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)は、ベーシスト兼ヴォーカリストとして、コンテンポラリー・ジャズの世界に新たな風を吹き込んだアーティストだ。

彼女の音楽は、ジャズの基盤を持ちながらも、ポップスやR&Bの要素を取り入れ、より広い層にアプローチするスタイル となっている。彼女の演奏はテクニックに裏打ちされながらも、歌との融合によって独自の表現力を持ち、ジャズの世界において新しいスタンダードを作り出した。

2011年には、グラミー賞の「最優秀新人賞」を受賞し、ジャズアーティストとしては異例のポピュラーミュージックの賞を獲得したことでも注目を集めた。

カマシ・ワシントン(Kamasi Washington)|スピリチュアルジャズの現代的解釈

カマシ・ワシントン(Kamasi Washington)は、スピリチュアルジャズの要素を現代に蘇らせつつ、ヒップホップやR&Bの影響を受けた壮大なサウンドを展開するサックス奏者だ。

彼のアルバム 「The Epic」(2015年)は、ジャズの枠を超えた大作であり、約3時間に及ぶ壮大なスケールの楽曲が詰まっている。1960年代のスピリチュアルジャズの流れを受け継ぎながらも、現代のリズム感やビートを取り入れ、新たなジャズの可能性を示した。

また、彼はジャズだけでなく、ヒップホップやソウルミュージックとも積極的に関わり、ジャズが持つ自由な即興性と、現代のブラックミュージックの要素を融合させることで、新しいリスナー層を獲得している。


コンテンポラリー・ジャズは、伝統的なジャズの要素を尊重しつつも、新しい時代に適応するために進化を続けるスタイル だ。クラシックやポップス、電子音楽と融合しながら、ジャズの枠を超えた表現を追求するミュージシャンが次々と登場している。

一方で、ジャズはさらに進化し、他のジャンルとの境界を曖昧にする「クロスオーバージャズ」 という新たな潮流も生まれた。

クロスオーバージャズの台頭

2000年代以降、ジャズはジャンルを超えた融合が進み、「クロスオーバージャズ」と呼ばれる新たな潮流が生まれた。このスタイルは、ジャズが本来持つ即興性やリズムの自由さを基盤としながらも、ヒップホップ、エレクトロニカ、R&B、ロックなどのポピュラー音楽的要素を積極的に取り入れ、ビートやハーモニーの面でも新たなアプローチが試みられている点が特徴だ。

伝統を重んじるコンテンポラリージャズと比べると、クロスオーバージャズは現代の音楽シーンとの接点を重視し、幅広いリスナー層に訴求することを狙っている。ストリーミングの普及で聴き手がジャンルにとらわれなくなったことや、DJカルチャーとクラブシーンが盛り上がりを見せるなか、DJがジャズの要素を取り入れてプレイする機会が増えたことも、このスタイルの発展を後押しした。

さらに、ヒップホップのプロデューサーやラッパーがジャズを積極的にサンプリングするようになったことで、両ジャンルの交流が一層深まり、多彩なリスナー層の獲得につながっている。

クロスオーバージャズの代表的なミュージシャン

以下は2000年代以降のクロスオーバージャズの代表的なミュージシャン。このジャンルを牽引するアーティストたちは、ジャズを新たな可能性へと導き、ジャンルを超えた刺激的な音楽スタイルを次々と生み出している。

ロバート・グラスパー(Robert Glasper)|ジャズとヒップホップの融合

ロバート・グラスパー(Robert Glasper)は、クロスオーバージャズの象徴的な存在であり、ジャズとヒップホップの融合を先導したピアニストだ。

彼の音楽は、ジャズのハーモニーや即興性を持ちながらも、ヒップホップやR&Bのリズムを取り入れた独自のスタイルを確立している。特に2012年に発表したアルバム 「Black Radio」、翌2013年発表の「Black Radio 2」 は、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)、モス・デフ(Mos Def)、コモン(Common)など、著名なヒップホップ・R&Bアーティスト達とコラボレーションし、ジャズサイドからヒップホップへのアプローチと融合を決定づけた作品となった。

彼の音楽は、ジャズをより身近な存在にし、特に若い世代のリスナーをジャズへと引き込む役割を果たしている。

フライング・ロータス(Flying Lotus)|エレクトロニカとジャズの融合

フライング・ロータス(Flying Lotus)は、エレクトロニカとジャズを融合させたアーティストであり、ビートメイキングとジャズの即興性を組み合わせた独自のサウンド を展開している。

彼のアルバム 「Cosmogramma」(2010年)は、ジャズとエレクトロニカの要素を大胆に組み合わせた作品であり、ジャズのリズムとビートミュージックのエレメントが融合したユニークなサウンドを生み出した。このアルバムには、サックス奏者のカマシ・ワシントンが参加しており、ジャズの即興演奏とエレクトロニカのプログラミングが見事に共存している。

また、彼の音楽はジャズだけでなく、ヒップホップやアートミュージックのシーンとも密接に結びついており、現代の音楽シーンにおけるクロスオーバーの最前線を走る存在の一人だ。

テラス・マーティン(Terrace Martin)|ジャズとファンクの交差点

テラス・マーティン(Terrace Martin)は、ジャズ、ヒップホップ、ファンクの要素を融合させたプロデューサー兼サックス奏者であり、クロスオーバージャズのキーパーソンの一人だ。

彼は、ジャズミュージシャンでありながら、ヒップホップの世界にも深く関わっており、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)のアルバム 「To Pimp a Butterfly」(2015年)では、ジャズのサウンドをヒップホップと融合させた新しいスタイルを確立する手助けをした。

彼の音楽は、ジャズのハーモニーとファンクのグルーヴを組み合わせ、クラシックなジャズとは一線を画すモダンなサウンドを生み出している。彼のアルバム「Velvet Portraits」(2016年)は、ジャズの枠を超えた作品として高く評価され、グラミー賞にもノミネートされた。


クロスオーバージャズは、ジャズをよりオープンで、多様な音楽シーンと結びつけるものに変えた。かつては限られたリスナー層のものだったジャズが、ヒップホップやエレクトロニカ、クラブミュージックと融合することで、新たなリスナー層を獲得することに成功している。

一方で、クロスオーバージャズの台頭は、「ジャズの定義とは何か?」という議論も呼び起こした。従来のジャズの要素が希薄になったこのスタイルを「ジャズと呼べるのか?」という声もある。しかし、ジャズは誕生以来、常に変化を続けてきた音楽 であり、クロスオーバージャズもまた、その進化の一環と言えるだろう。

2000年代以降のジャズ:フェス、クラブ、ストリーミングの時代

2000年代以降、ジャズはライブパフォーマンスの場を大きく広げ、リスナーとの接点を多様化させていった。従来のジャズクラブに加え、大規模なジャズフェスティバルやクラブシーンが拡大し、新たな層のリスナーを獲得していった。伝統的なモントルー・ジャズ・フェスティバル や ノースシー・ジャズフェスティバルにおいても、純粋なジャズだけでなく、ヒップホップやエレクトロニカ、ワールドミュージックと融合したアーティストが多く出演し、ジャズはジャンルの壁を越えて、より幅広い音楽ファンが集う場へと変化していった。

同時に、クラブジャズというスタイルが確立され、エレクトロニカやヒップホップと融合したジャズがクラブのダンスフロアでも流れるようになった。特にロンドンやニューヨークでは、ジャズの即興性とDJカルチャーを融合させる動きが活発化し、ジャズは従来のジャズバーやライブハウスだけでなく、クラブシーンにおいても新たな形で存在感を増していった。

また、2000年代後半からはストリーミングサービスの普及によって、ジャズの聴かれ方も大きく変化した。SpotifyやApple Musicなどのサービスが登場したことで、ジャズはCDやレコードではなく、デジタル配信を通じて広く聴かれる音楽となり、「ジャズ専門のリスナー」だけのものではなくなった。カフェやラウンジで流れるスムースジャズ、チルアウト系のクラブジャズ、クロスオーバージャズなどが、プレイリストを通じて多くのリスナーの耳に届くようになり、ジャズの新たなリスナー層を開拓するきっかけとなった。

さらに、YouTubeやSoundCloudといったプラットフォームの普及により、若手ジャズミュージシャンが独自に音楽を発信し、注目を集めるケースも増加。カマシ・ワシントンのように、SNSやストリーミングを活用して従来のジャズの枠を超えた人気を獲得するミュージシャンも登場した。

また、ストリーミングの普及によって、1950年代や1960年代の過去のジャズ作品が容易にアクセスできるようになったことも大きな変化であり、新世代のミュージシャンはその影響を受けながらも、現代的なサウンドと組み合わせることで新しいジャズの形を生み出している。

このように、ジャズはライブの場を広げ、ストリーミング時代に適応することで、過去の伝統を守りつつも新たなリスナー層にアプローチする手段を手に入れた。

ジャズの歴史|総括

ジャズは20世紀初頭に誕生し、100年以上の歴史を経て、数々の進化を遂げてきた。ニューオーリンズで生まれたこの音楽は、スウィング時代に大衆のダンスミュージックとなり、ビバップによってより芸術的な即興音楽へと変化した。その後、ハードバップやモードジャズが登場し、ジャズはさらに多様な表現を手に入れることになる。

1960年代には、既存の枠組みを破壊するフリージャズや、精神性を追求するスピリチュアルジャズが生まれ、ジャズは単なる音楽ではなく、哲学やメッセージを内包した表現手段となった。1970年代に入ると、ジャズは電子楽器を取り入れ、ロックやファンクと融合したフュージョンやジャズ・ファンクへと進化し、新たなリスナー層を開拓した。

1980年代以降は、ネオ・バップがジャズの伝統を見直す動きを見せ、同時にスムースジャズがよりポピュラーで親しみやすい形のジャズを作り上げた。そして、2000年代以降になると、ジャズはコンテンポラリー・ジャズとクロスオーバージャズの二つの方向で発展し、さらなる多様性を持つようになった。

こうしてジャズは、その時代ごとに異なる音楽スタイルを生み出しながらも、常に進化を続けてきたジャズの本質は「変化」にあると言っても過言ではない。伝統を守る動きと、新たな表現を追求する動きが絶えず共存し、ジャズは常にその境界を広げてきた。

現在のジャズは、もはや一つのジャンルではなく、さまざまなスタイルが交差する広大な音楽領域となっている。ジャズクラブ、フェスティバル、ストリーミングサービス、ヒップホップやエレクトロニカとの融合――どこにでもジャズは存在し、形を変えながら進化を続けている。

ジャズの歴史は終わらない、今後も新しい音楽と交わりながら、さらなる進化を遂げていくだろう。

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