ジャングルの誕生:90年代UKアンダーグラウンドとレイヴカルチャーの変遷

スピーカーユニットをバックにUK Jungle Raw & Loudの文字

90年代初頭、ロンドンの倉庫で鳴っていたのは、速すぎるブレイクビーツとダブの残響だった。

ハードコア・レイヴの熱狂はピークを迎え、音楽はさらなる速度と混沌を求めて姿を変え始める。

アシッドハウスでは物足りない。もっと粗く、もっと低く、もっと暴力的に。レイヴの欲望が、音をねじ曲げていく。

深夜の空き地にはサウンドシステムが運び込まれ、海賊ラジオは電波の隙間を突いてビートを垂れ流す。レイヴカルチャーが規制と取締りに晒されていくなかで、合法と違法のあいだに新たな音楽が芽吹いた。

都市のグレーゾーンで育ったそのサウンドは、ジャングルと呼ばれるようになる。

ジャングルは音の暴走だったが、同時に文化の衝突点でもあった。

レゲエとダブ、ヒップホップのリズムがUKのブレイクビーツと出会い、ベースが重なり、ビートが崩れ、全く新しい文化が生まれた。

ビートの起源:アーメンブレイクという聖典

すべては7秒間のドラムから始まった。

1969年、アメリカのソウルバンド、The Winstons が発表した曲 “Amen, Brother“

その中盤に挿入されたブレイクビーツが、後にアーメンブレイクと呼ばれ、90年代UKアンダーグラウンドの音楽を根底から揺るがすことになる。

この曲の 1:25 からの7秒間のブレイクビーツは、サンプラーよって何度も切り刻まれ、繰り返され、再構築されていった。

ピッチを上げ、テンポを加速し、一部をループさせ、あるいは消し飛ばす。こうしてアーメンブレイクは、UKの地下に響く全く新しいビートへと変貌を遂げていく。

ジャングル以前の段階でも、すでにそのビートの片鱗を感じる事が出来る。

たとえば1991年の Lennie De Ice による “We Are I.E“ は、レゲエの影響をにじませながらアーメンのループを鋭く刻み込んでいる。Manix の “Feel Real Good“ もまた、ハードコアとソウルの交差点にアーメンを持ち込んだ例として記憶されている。


Lennie De Ice – “We Are I.E“(1991)
レゲエとハードコアのエッセンスを併せ持ち、ジャングルの雛形とも言える構成。アーメンブレイクの存在感が光る。

Manix – “Feel Real Good“(1992)
ソウルフルなサンプリングと高速ブレイクビーツ。初期ジャングルの典型的なサウンド。

こうして、ひとつのブレイクがジャンルをまたぎながらUKアンダーグラウンドを席巻し始める。

間もなくその音はジャングルと呼ばれるようになる。

ジャングル初期のサウンドと代表作

ハードコア・レイヴの過剰なエネルギーに、レゲエの重厚な低音、ダンスホールのMC文化、ヒップホップのサンプリング技法が流れ込む。その結果生まれたのが、速度と重量、リズムとノイズが交差する独自の音像だった。

ぶっ壊れたブレイクビーツ。スネアは跳ね上がり、キックは乱打され、リズムは崩れながらも人を踊らせる。そこに乗る分厚いサブベース。サウンドシステム文化直系の腹に響く低音。その上を飛び回るのが、MCのトースティング。パトワ混じりの語りと煽りが、ビートをより鋭くする。

ジャンルとしての定義が曖昧だった時期こそ、音も自由だ。ハードコアでもなく、レゲエでもなく、だがその両方の要素が濃厚に溶け合っている。ジャングルもまた、音の実験場として始まった。

4hero – “Mr Kirk’s Nightmare“ (1990)
警官の声が響く「息子さんが死にました」。語りとビートが噛み合わないまま進行していく、混乱の音。1990年のこの曲には、すでにジャングルの種がある。社会の闇と音の暴力、異質な存在感。

A Guy Called Gerald – “28 Gun Bad Boy“ (1992)
ダブの空間処理とアーメンブレイクの切り裂き方が際立つ初期ジャングルの名作。

DJ Hype – Shot In The Dark“ (1993)
効果音やブレイクの再構成にセンスが光る。ハードコアレイヴのテンションとジャングルの粗さが同居している。

Rufige Kru – “Darkrider“(1992)
Goldie のプロジェクトで、アーメンの解体と重低音の構築が印象的。ダークジャングルの流れを作った1曲。

現場を作った主要アーティストたち

レイヴの残響とレゲエの重量感、そして時代のサウンドをどう鳴らすか。

ジャンルをまたいで音を探求していたプロデューサーたちのサウンドは過激でありながら繊細で、混沌のなかに美を見出そうとする試みがそこにはあった。


Goldie – “Inner City Life“ (1994)
Rufige Kru 名義でアーメンブレイクを別の生き物に変えた Goldie の特徴は、時間がねじれるようなビートの感覚だった。そこからさらに踏み込んだのが名曲 “Inner City Life“

美しいコード進行とソウルフルなボーカルが、ジャングルという音楽に感情の深みを与えた。

LTJ Bukem – “Music“ (1993)
リズムは細かく、ビートは立体的。だけどそこにあるのは浮遊感。ジャズとアンビエントが混ざり合い、疾走感と静けさが同居する。“Music“ は都会の空気に溶け込んだジャングル。

Shy FX – “Original Nuttah“ (1994)
ジャングルにダンスホールのテンションを持ち込んだ1曲。MC UK Apachi の煽りとラガベースが炸裂する。荒削りでラフ、フロアでの爆発力を持つラガジャングルという方向性を決定づけたトラック。

レイヴ文化と法の攻防

90年代初頭、UKでは違法レイヴが急増していた。空き倉庫、野原、線路沿いの空き地。そこかしこにサウンドシステムが運び込まれ、夜通しビートが鳴り響く。

そうした動きに対し、政府は1994年にクリミナル・ジャスティス法を施行。連続したビートを流すイベントそのものが、法律で制限されることになった。

だが音は地下に潜っただけだった。ジャングルは警察や制度に対する不信と怒りを背負い、反体制の音として機能し始める。クラブの外で育ったサウンドが、ますます過激に、鋭くなっていく。

Kool FM のような海賊ラジオは、その音を繋ぎ続けた。放送機材を抱えて団地や廃ビルの屋上に登り、アンテナを立てて電波を飛ばす。警察や電波監理局の目をかいくぐりながら、ジャングルは地下のネットワークを通じて広がっていった。

その流れの中でジャングルは ドラムンベース へと進化を遂げる

深化と進化:ジャングルからドラムンベースへ

90年代半ば、ジャングルのエネルギーはそのままに、音の作りは次第に洗練されていく。

ビートとベースはタイトに、空間の使い方は緻密になっていく。ジャングルからドラムンベースへの移行は、音の暴走を制御しながら、より深く、より鋭く掘り下げていく流れだった。

クラブの音響環境に最適化されたサウンドは、地下からメインフロアへと浸透していく。これまでレイヴや海賊ラジオでしか聴かれなかった音が、正規リリースやチャートにも姿を現すようになる。ビートは相変わらず速いが、楽曲としての構造の美しさが宿るようになった。


Origin Unknown – Valley Of The Shadows(1993)
「Long dark tunnel…」という印象的なサンプル。ジャングルとドラムンベースの境界線にある1曲。ミニマルな構成と沈み込むベースが、のちのシーンに与えた影響は大きい。

Adam F – Circles(1995)
Bob James の “Westchester Lady“ を引用し、ソウルフルなコード感と繊細なブレイクを融合。アンダーグラウンドの香りを残しながら、リスニング層にも届いた稀有な作品。

Roni Size – Brown Paper Bag(1997)
ウッドベースのラインが印象的なトラック。ドラムンベースにライブ感とジャズ的アプローチを導入した意欲作で、アルバム “New Forms“ とともにマーキュリー賞も受賞。サウンドの進化を象徴する1曲。

2020年代:現代に鳴るジャングル

2020年代、今またジャングルが息を吹き返している。かつての音源を掘り起こしながら、新しい文脈で鳴らす次世代のアーティストたちが、UKを中心に動き出している。


Nia Archives – “Forbidden Feelingz“ (2021)
ソウルとラガを軸に、ジャングルの質感をポップスケールで再構築するアーティスト。セルフプロデュースで突き抜ける、現代のジャングリスト

Tim Reaper – “All the Time“ (2021)
90年代の質感を今のテンションで更新する。音色、リズムの切り方、サンプルの配置も、過去の延長ではなく再解釈。洗練された新たなジャングルサウンド。

Sherelle – “Jungle Teknah“ (2021)
140〜160BPMを自由に行き来しながら、ハーフタイムから全開のジャングルまで、ビートで空間をねじ曲げる。スピードと多様性を体現するDJ。

壊れたビートは、まだ鳴っている

新しい世代にとってのジャングルは、懐古ではなく手段だ。

速さ、強さ、曖昧さ。そういう感情を鳴らすためのツールとして機能している。

ジャングルは変化する都市と、そこで生きる人々の感情を記録してきたサウンドトラックだ。ブレイクビーツは壊れ、再構築され、時代を越えて受け継がれてきた。

煙たい空間のどこかで今日も新しいジャングルが鳴っている。

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