シンセサイザーの登場は、音楽に新たな時代をもたらした。
ロック、ポップス、ダンスミュージック、映画音楽――あらゆるジャンルにおいてシンセサウンドは革命を起こしてきた。それは時代の空気を切り取り、新しい音楽を生み出してきた “魔法の箱” だ。
1960年代後半、電子音楽はまだ実験的な領域にあったが、MoogやEMSといった初期のシンセが登場したことで新たな表現の可能性が切り開かれた。1970年代にはロックやポップスのフィールドに浸透し、アーティストたちは未知の音を求めてこの魔法の箱を手に取った。80年代に入るとデジタル技術が加わり、シンセサウンドはポップミュージックの中心的な存在へ。そして90年代以降、ヴァーチャルアナログやソフトシンセの台頭によって、その可能性はさらに広がり続けている。
そんなシンセサイザーの歴史を作った名機10台をピックアップ。それぞれの特徴、そして象徴的な楽曲とともに、その革新的なサウンドを振り返っていく。
※記事の最後に楽曲をまとめたプレイリストあり※
Moog Minimoog Model D (1970)

シンセサイザーが一般的な楽器として広まるきっかけとなったのが Moog Minimoog Model D だ。それまでのシンセサイザーは大型で、操作も複雑だった。しかし、Minimoogはコンパクトなボディにモノフォニック(単音)ながらもパワフルなアナログサウンドを搭載し、持ち運びやすく直感的な演奏ができる設計になっていた。これにより、多くのミュージシャンが手に取り、ロックやファンク、電子音楽の分野で広く使用されるようになった。
Minimoogの特徴は、3基のオシレーターによる分厚いサウンドと滑らかなフィルター にある。特にMoog独特の24dBローパスフィルターは、シンセサイザーらしい温かみのある音色を生み出し、後のアナログシンセの基準となった。シンプルな操作性と圧倒的な音圧を兼ね備えたこのシンセは、現在に至るまで「名機」として語り継がれている。
Moog Minimoog Model Dを使用した代表的な楽曲
🎵 Donna Summer – I Feel Love (1977)
ディスコミュージックに革命をもたらしたこの楽曲では、プロデューサーの Giorgio Moroder がMinimoogを駆使し、シーケンサーを用いた機械的なベースラインを作り上げた。これにより、それまでの生演奏主体だったディスコのサウンドは一変し、のちのエレクトロニック・ダンスミュージックへの道が切り開かれた。
🎵 Kraftwerk – Autobahn (1974)
Giorgio Moroderが「I Feel Love」でエレクトロ・ディスコの基盤を築く前に、ドイツの Kraftwerk はすでに Minimoog を用いて電子音楽の可能性を広げていた。「Autobahn」では、シンセサイザーによるシーケンスフレーズとメロディが融合し、機械的でありながらどこか心地よいサウンドスケープを作り出している。この曲の成功により、シンセを前面に押し出した音楽がアートフォームとして認識されるようになった。
ARP 2600 (1971)

Moogと並ぶ名門シンセメーカー ARP が生み出した ARP 2600 は、モジュラーシンセとコンパクトなプリセットシンセの中間に位置するユニークなモデルだった。パッチケーブルを使わずに内部結線されたセミモジュラー仕様でありながら、自由な音作りが可能。太く荒々しいオシレーターの音と、シャープでエッジの効いた「フィルターの鳴き」が特徴的で、多くのアーティストがこのシンセを愛用した。
ARP 2600はスタジオだけでなく、ステージ上でも使いやすかったため、ロックバンドがシンセサイザーを演奏に取り入れるきっかけとなった機種のひとつでもある。特にファンクやロックの分野では、その独特のサウンドが大きな役割を果たした。
ARP 2600を使用した代表的な楽曲
🎵 Stevie Wonder – Superstition (1973)
Stevie WonderはARP 2600を積極的に取り入れたアーティストのひとり。「Superstition」では、ARP 2600を使った分厚いシンセベースがファンクグルーヴを強調し、楽曲全体に躍動感を与えている。この時期のStevie WonderのサウンドにはARP 2600が欠かせず、シンセサイザーをポップミュージックのメイン楽器へと押し上げた立役者となった。
🎵 The Who – Won’t Get Fooled Again (1971)
ロックバンドがシンセを大胆に取り入れた代表的な楽曲のひとつが、The Whoの「Won’t Get Fooled Again」だ。イントロから聴こえるシーケンスフレーズは、ARP 2600のフィルターを駆使して生み出されたもので、楽曲にダイナミックなエネルギーを与えている。The WhoのサウンドにおいてARP 2600は楽曲の中心を担う楽器として活躍した。
EMS VCS 3 (1969)

ミニマルな見た目ながら、実験的な音作りの可能性を大きく広げたのが EMS VCS 3 だ。イギリスの Electronic Music Studios (EMS) によって設計されたこのシンセは、コンパクトなボディに自由度の高いパッチングシステムを搭載しており、ノイズ、シーケンス音、効果音など、従来の楽器では生み出せなかった異次元のサウンドを作ることができた。
VCS 3の最大の特徴は、パッチケーブルではなくマトリクスピンによる接続方式を採用している点だ。複雑な音響処理を直感的に行うことができ、多くの実験的なミュージシャンやプロデューサーに愛用され、「音響の冒険」を可能にしたシンセサイザーだった。特に プログレッシブ・ロック や アンビエントミュージック の分野では、このシンセの持つ独創的な音が重要な役割を果たした。
EMS VCS 3を使用した代表的な楽曲
🎵 Pink Floyd – On the Run (1973)
Pink Floydの名盤 The Dark Side of the Moon に収録された「On the Run」は、VCS 3のシーケンス機能を駆使した象徴的な楽曲だ。疾走感のある電子パターンと、不穏なエフェクトサウンドが絡み合い、アルバムの中でも異質なトラックとして際立っている。この楽曲が持つ「音の実験性」こそが、VCS 3の真骨頂だった。
🎵 Brian Eno – Here Come the Warm Jets (1974)
アンビエント・ミュージックの先駆者 Brian Eno もVCS 3を愛用したアーティストのひとり。「Here Come the Warm Jets」では、VCS 3の独特な音響処理を活かし、空間的な広がりのあるサウンドスケープを作り出している。彼の作品において、VCS 3は楽曲そのものの質感を形作る重要な要素だった。
Yamaha CS-80 (1977)

シンセサイザーの歴史の中でも、Yamaha CS-80 は特にエモーショナルで表現力豊かな機種として知られている。日本が誇るヤマハが開発したこのシンセは、当時としては革新的なフルポリフォニック(8音)仕様を持ち、鍵盤のアフタータッチ(鍵盤を押し込むことで音を変化させる機能)によって、まるで生楽器のようなダイナミックな演奏を可能にした。
CS-80の最大の特徴は、その分厚く温かみのあるアナログサウンドと、直感的なパネルレイアウトだ。特に リッチなブラスサウンドと流れるようなリードトーン は他のシンセでは再現が難しく、多くの映画音楽作曲家やプロデューサーに愛された。扱いは決して簡単ではなかったが、その独特なサウンドと圧倒的な表現力によって、今なお伝説的なシンセとして語り継がれている。
Yamaha CS-80を使用した代表的な楽曲
🎵 Vangelis – Blade Runner Theme (1982)
CS-80の代表的な使用例といえば、Vangelis による映画 Blade Runner のテーマ曲だ。この曲で聴ける 壮大で幻想的なパッドサウンド は、まさにCS-80の魅力を最大限に引き出したもの。シンセサイザーが「無機質な機械音」ではなく、「情感を持つ音」を表現できることを証明した名演だ。
🎵 Toto – Africa (1982)
Totoの「Africa」でもCS-80の特徴的な音が活かされている。特にサビで鳴り響くブラスのようなサウンドは、このシンセならではのもの。温かみのあるリードやパッドサウンドとともに、曲全体のダイナミクスを支える重要な役割を果たしている。
Sequential Circuits Prophet-5 (1978)

Prophet-5 は、世界で初めて「完全プログラマブル・ポリフォニック・シンセ」 として登場し、シンセの歴史を大きく変えた名機だ。それまでのアナログシンセは、ノブを手動で調整することで音を作るのが一般的だったが、Prophet-5は音色をメモリーに保存し、ワンタッチで呼び出せる という画期的な機能を備えていた。この技術は現在のシンセサイザーの基本設計にも受け継がれている。
音の面では、クリアで分厚いポリフォニックサウンド を持ち、エレクトロニック・ミュージックだけでなく、ロックやポップスのシーンでも圧倒的な支持を得た。特に80年代のポップミュージックには欠かせないシンセとなり、その音は数え切れないほどの名曲に刻み込まれている。
Prophet-5使用した代表的な楽曲
🎵 Madonna – Like a Virgin (1984)
80年代ポップスの代表曲「Like a Virgin」では、Prophet-5の 煌びやかなシンセコード が曲全体を包み込んでいる。この時代のポップス特有の「キラキラしたシンセサウンド」 の多くは、Prophet-5の音が基盤となっている。
🎵 Prince – 1999 (1982)
Princeの「1999」では、Prophet-5の 分厚くリッチなポリフォニック・サウンド が存分に活かされている。イントロの強烈なシンセブラスから、楽曲全体のレイヤー構成まで、Prophet-5の音がなければ「1999」の持つインパクトは生まれなかっただろう。Princeのサウンドにおいて、Prophet-5は欠かせない存在だった。
Roland Jupiter-8 (1981)

Roland Jupiter-8 は、80年代を象徴するポリフォニック・シンセのひとつだ。美しいデザインに加え、8ボイスの分厚いアナログサウンド、デュアル・レイヤー機能、豊かなフィルター、そしてアルペジエーター を備え、ポップスからロック、ニューウェーブ、シンセポップまで幅広いジャンルで使用された。
Jupiter-8の音は 太く、煌びやかで、華やかさがある のが特徴だ。特にリード、ブラス、パッド系の音が強く、楽曲全体の存在感を際立たせる。さらに、当時としては画期的な「スプリット機能」 により、鍵盤の左右で異なる音色を同時に演奏できるため、ライブパフォーマンスにも最適なシンセだった。
このサウンドの個性が評価され、Jupiter-8は80年代のシンセポップやニューウェーブのサウンドの象徴的な存在となった。
Jupiter-8を使用した代表的な楽曲
🎵 Duran Duran – Rio (1982)
Duran Duranの「Rio」では、Jupiter-8の 煌びやかでカラフルなシンセ・ブラス が楽曲にエネルギーを加えている。イントロから聴こえる分厚いパッドや、リズミックなシンセリフが、楽曲全体の洗練された雰囲気を作り出している。Jupiter-8の特徴である 「艶やかでリッチなトーン」 が、Duran Duranのグラマラスなニューウェーブ・サウンドと完璧にマッチしている。
🎵 Tears for Fears – Everybody Wants to Rule the World (1985)
Tears for Fearsの代表曲「Everybody Wants to Rule the World」でも、Jupiter-8のサウンドが印象的に使われている。特に イントロのシンセブラス は、曲の広がりとドラマチックな雰囲気を強調する役割を果たしている。Jupiter-8の ウォームで奥行きのあるアナログシンセサウンド は、楽曲に深みとリッチなテクスチャーを与えている。
Korg MS-20 (1978)

シンセサイザーといえばKorg MS-20を思い浮かべる人も多いだろう。1978年に発売されたこのシンセは、太く荒々しいサウンドと強烈なフィルター を特徴とし、発売から数十年経った今でも多くのアーティストに愛され続けている。
MS-20はセミモジュラー・シンセとして設計されており、パッチングによる自由な音作りが可能。それに加えて、Korg独自の自己発振するローパス/ハイパスフィルターは、独特な歪みとレゾナンスを生み出し、攻撃的で個性的な音を作り出す。このフィルターのキャラクターが、後のエレクトロニカやテクノの音作りに大きな影響を与えた。
MS-20は、歪みと温かみのバランスを絶妙に持ち合わせた唯一無二のシンセだ。手頃な価格とコンパクトなサイズも相まって、パンクやインダストリアル、エレクトロニック・ミュージックのアンダーグラウンドシーンで特に人気を博した。
MS-20を使用した代表的な楽曲
🎵 Daft Punk – Da Funk (1995)
Daft Punkの「Da Funk」は、MS-20の持つ荒々しいフィルターサウンドが存分に活かされたトラックだ。曲の中心となるファットなベースラインは、MS-20の強烈なフィルターで歪ませることで、独特のグルーヴを生み出している。この音色こそが、「Da Funk」をただのハウストラックではなく、時代を象徴するクラシックへと昇華させた要因のひとつだ。
🎵 Aphex Twin – Xtal (1992)
Aphex Twinの「Xtal」では、MS-20のドリーミーで温かみのあるパッドサウンドが聴こえる。この楽曲では、MS-20のフィルターを繊細にコントロールし、独特の柔らかい質感を持つアンビエントな空間を作り出している。MS-20の持つアナログの温もりと、歪みを活かした音作りが、楽曲の幻想的な雰囲気を支えている。
Oberheim OB-Xa (1980)

1980年代のシンセサウンドを語る上で欠かせないのが Oberheim OB-Xa だ。OB-Xaは、それまでのOberheimシンセの流れを汲みながら、より太く、ウォームでパワフルなポリフォニックサウンド を持ち、80年代のロックやポップスの中核を担った。
OB-Xaの特徴は、オーバーハイム特有の豊かなアナログサウンド と デチューン可能なオシレーター による分厚い和音。特にシンセブラスやストリングスのサウンドが強烈で、シンセサウンドがバンドの主役となるような楽曲で数多く使用され。OB-Xaのこの力強いサウンドは、80年代のアンセムとなる楽曲に欠かせない要素となった。
OB-Xaを使用した代表的な楽曲
🎵 Van Halen – Jump (1984)
OB-Xaといえば、真っ先に思い浮かぶのが Van Halen の「Jump」 だ。イントロから炸裂するシンセブラスのリフは、OB-Xaならではの太く華やかなサウンドが存分に活かされたもの。ロックバンドの楽曲でありながら、ギターではなくシンセが主役を張るという革新的なアプローチを取り入れたことで、「Jump」は80年代のロックサウンドの新しい方向性を提示した。
🎵 Queen – Radio Ga Ga (1984)
Queen の「Radio Ga Ga」では、OB-Xaの ウォームなシンセ・ベース が楽曲の土台を支えている。シンプルながらも分厚いベースサウンドが、楽曲に独特のグルーヴを与え、フレディ・マーキュリーのメロディックなボーカルを際立たせている。また、シンセのレイヤーが曲全体のムードを作り出しており、Queenのサウンドに新たな彩りを加えた。
PPG Wave 2.2/2.3 (1981/1984)

シンセサイザーの世界において、デジタル技術をいち早く取り入れた先駆的なシンセ のひとつが PPG Wave シリーズだ。ドイツの Palm Products GmbH (PPG) によって開発されたこのシンセは、当時としては革新的な ウェーブテーブル・シンセシス を採用し、従来のアナログシンセにはない独特のデジタルテクスチャーを生み出した。
PPG Waveの最大の特徴は、デジタル波形とアナログフィルターを組み合わせたハイブリッド設計だ。デジタルによる複雑な波形変化を生かしつつ、アナログ特有の温かみやフィルターの豊かな表現力を加えることで、個性的なサウンドを作り出した。このサウンドは、80年代のシンセ・ポップ、インダストリアル、そしてエレクトロニック・ミュージックに大きな影響を与えた。
PPG Waveを使用した代表的な楽曲
🎵 Depeche Mode – Shout (1984)
Depeche Mode はPPG Waveのサウンドを積極的に取り入れたアーティストだ。「Shout」では、PPG特有のザラついたデジタルサウンドと、アナログフィルターを駆使した厚みのあるパッドが特徴的だ。彼らの持つダークでメカニカルなサウンドは、PPG Waveのウェーブテーブル・シンセシスによってより立体的なものへと進化した。
🎵 Stevie Nicks – Stand Back (1983)
Stevie Nicks の「Stand Back」は、80年代のシンセポップ要素を色濃く反映している。プリンスが楽曲に大きく貢献したことで知られているこの曲では、PPG Waveの煌びやかでデジタル感の強いシンセパッドが、エネルギッシュなビートの中で広がりを生んでいる。特に、浮遊感のあるコードワークと、鋭くカットされたリードサウンドが、楽曲の持つ疾走感をさらに強調している。プリンス自身が演奏した象徴的なシンセリフとともに、PPG Waveのウェーブテーブル・シンセシスが、スタジオサウンドに独特の奥行きを加えている。
Access Virus (1997)

90年代後半、シンセサイザーの世界に 「ヴァーチャル・アナログ」 という新たな概念をもたらしたのが Access Virus だ。ドイツのAccess Musicによって開発されたこのシンセは、デジタル技術を用いながらも、アナログシンセ特有の温かみやファットなサウンドを再現することに成功した。
Virusの最大の特徴は、過激に歪むフィルター、強烈なユニゾン効果、豊富なモジュレーションオプション にある。これにより、極太のリードサウンド、唸るようなベース、鋭いシーケンスフレーズ など、多彩なサウンドを生み出すことが可能となった。特にエレクトロニック・ミュージックの分野で人気を博し、ハードなダンスミュージックやトランス、インダストリアルなどのジャンルで欠かせない存在となった。
Access Virusを使用した代表的な楽曲
🎵 The Prodigy – Invaders Must Die (2009)
The Prodigyの「Invaders Must Die」は、Virusの攻撃的なシンセベースと荒々しいリードサウンド が炸裂する楽曲だ。デジタルながらもアナログのような迫力のある音圧を持ち、楽曲に鋭さとエネルギーを加えている。Virusのフィルターを過激にドライブさせることで、彼らの持つインダストリアルなサウンドとの相性も抜群だった。
🎵 Paul Van Dyk – For an Angel (1998)
Virusはトランスシーンでも絶大な支持を得た。Paul Van Dykの「For an Angel」では、Virusのクリアで力強いリードサウンドが楽曲の中心を担っている。厚みのあるパッドや、煌びやかなアルペジオの響きは、Virus特有のウォームなデジタルサウンドがあってこそ生まれたものだ。このシンセの登場によって、90年代後半のトランスミュージックは一気に洗練され、現代的なサウンドへと進化していった。
楽曲をまとめたプレイリスト
シンセサイザーは音楽の可能性を大きく広げ、時代ごとに進化を遂げながら多くの名曲を生み出してきた。アナログからデジタル、ヴァーチャルアナログまで、シンセの革新は現在も続いている。
最後に、これらの名機が生み出した楽曲をまとめたプレイリストもぜひチェックしてほしい。