ジャズと電子音楽。一見対極にあるようで、実は深くつながっている。ジャズは即興的に展開しながらグルーヴを生み出し、電子音楽はループを通じて少しずつ変化を加える。どちらも繰り返しの中で新しい表情を見せる音楽だ。
Miles Davis がジャズにエレクトリックな要素を持ち込み、Four Tet がジャズの感覚を電子音楽に取り入れたように、両者は互いに影響を与え合いながら進化してきた。ジャズと電子音楽の交差点を探り、その共通点と可能性を紐解いていく。
ジャズと電子音楽:即興性とループの共通点
ジャズの醍醐味は、プレイヤーたちがその場の空気を読みながらフレーズを展開していく即興性にある。一方、電子音楽ではループが重要な役割を果たす。この二つは対極にあるようで、実はよく似ている。ジャズではソロが何度も繰り返される中で変化していくし、電子音楽のループも少しずつフィルターを変えたりエフェクトを加えたりしながら展開する。
たとえば、Miles Davis の『Bitches Brew』で繰り返されるベースラインは、まるでクラブミュージックのグルーヴのようだ。Four Tet の楽曲も、ジャズのセッションのように同じリズムが繰り返されながら、少しずつ違う表情を見せていく。
音響の探求とテクノロジーの進化
ジャズも電子音楽も、新しい音を探し続ける音楽だ。ジャズのミュージシャンは電子楽器やエフェクトを取り入れながら、より多彩な響きを生み出してきた。Miles Davis がエレクトリック・トランペットを試したのも、Herbie Hancock がシンセサイザーを導入したのも、音を拡張するための試みだった。
一方、電子音楽では、シンセやサンプラーがその役割を担っている。Aphex Twin や Flying Lotus が作る音の質感は、もはや単なる電子音ではなく、まるで生楽器のような躍動感がある。ジャズが「演奏者の手で音を作る」音楽なら、電子音楽は「プログラミングで音を作る」音楽。でも、どちらもその根底にあるのは、より面白いサウンドを求める姿勢だ。
ジャンルを超える自由な表現
ジャズも電子音楽も、型に縛られない自由な音楽だ。ジャズは、ブルースやクラシックの影響を受けながら進化し、挑戦的かつ実験的に広がっていった。電子音楽も同じように、ハウスやヒップホップ、アンビエントといった要素を取り込みながら絶えずその形を変えてきた。
Four Tet のようなのようなアーティストは、まさにこの「自由な表現」を体現している。彼の音楽には、ジャズのリズムがあれば、ミニマルなエレクトロニカの流れもある。ある曲ではアフリカ音楽のリズムが取り入れられ、またある曲ではアコースティックなギターが中心になる。こうした多様性は、マイルス・デイヴィス(Miles Davis) や ハービー・ハンコック(Herbie Hancock) がジャズの枠を超えて新しいサウンドを追求してきたことと、どこか通じるものがある。
ジャズと電子音楽は異なるようで、同じ場所を目指しているように思える。
エレクトロニック・ジャズの始まり:Miles Davis
マイルスがジャズの境界を押し広げたのは、一度や二度じゃない。その中でもエレクトロニック・ジャズの始まりを語るなら、『Bitches Brew』と『On the Corner』は外せない。アコースティックのジャズとはまるで別物の、濃密なエレクトリック・グルーヴ。ギターやシンセ、エフェクトを大胆に取り入れ、リズムも跳ねるように変則的。この音の実験が、後のフュージョンやエレクトロニック・ミュージックに与えた影響は計り知れない。
『Bitches Brew』が生んだ新しいサウンド
1969年に録音された『Bitches Brew』は、従来のジャズの枠には収まらない作品だった。ベースとドラムが刻むリズムは、もはやスウィングではなく、グルーヴそのもの。そこにエレクトリック・ピアノやディストーションの効いたギターが絡み、音の波が渦巻く。
曲の構成も、ジャズの伝統的なコード進行とは無縁。即興のパートが重なり合い、混沌の中に新たな秩序が生まれていく。それを支えているのが、トニー・ウィリアムス(Tony Williams や ジャック・ディジョネット(Jack DeJohnette)といったドラマーたちの強烈なプレイだ。ロックの持つパワーとジャズの自由が、異なる次元で融合している。
このアルバムはジャズというより、サイケデリックなジャム・セッションに近い。静かに始まるかと思えば、突然の爆発。マイルスのトランペットも、鋭く刺すような音色で、エフェクターを通した独特の響きを持っている。ジャズ・クラブでしっとり聴くような音楽ではなく、大音量のライブハウスや野外フェスでこそ映えるサウンドだ。
電子音楽に近いリズムと構成の『On the Corner』
マイルスが次に進んだのが、よりミニマルで反復的なビートにフォーカスした『On the Corner』だ。ここでマイルスが目指したのは、ファンクやアフロビートといったブラック・ミュージックの新しい形。ジェームス・ブラウンの影響を受けたかのような硬質なリズムに、エレキベースが重くうねる。このベースラインがとにかくヤバい。シンプルな反復なのに、妙にクセになる。
この頃のマイルスは若い世代の音楽に敏感だったようで、ソウル、ファンク、インド音楽……あらゆるものを取り込み、ジャズの型を完全に壊しにかかっている。その結果、曲の長さもどんどん伸びる。何かが始まったと思ったら、終わる気配がない。シンセやパーカッションが絡み合い、リズムの海の中に沈み込んでいく。
『On the Corner』の凄みは、その強靭なビートだ。ファンクでもなく、ロックでもない。ひたすら反復されるビートの上で、ギターやホーンが暴れ回る。ジャズの「アドリブ」とは少し違う、エレクトロニック・ミュージックのループ感覚に近いものがある。
印象的なのは、マイケル・ヘンダーソン(Michael Henderson)のベースだ。強烈で、ぶっとい音が全体を引っ張っている。ドラムはアフリカン・ビートを思わせる変則的なリズムで、そこにサックスやギターが飛び込んでくる。この混沌としたサウンドを、マイルスはクールにまとめ上げた。
このアルバムの音作りは、後のテクノやヒップホップにも影響を与えたと言われている。ビートを強調し、メロディよりもリズムとグルーヴを優先する。この感覚は90年代以降のクラブ・ミュージックに通じるものがある。
『On the Corner』は当時のジャズ批評家には酷評されたらしい。だがマイルスにとってそんなことは関係なかっただろう。この音楽がどこへ向かうのか?それを誰よりも知っていたのは彼自身だったはずだ。
進化するジャズ×電子音楽:Four TetとFlying Lotus
ジャズと電子音楽が交わるシーンで注目されるのが、Four Tet と Flying Lotus だ。それぞれ違ったスタイルでジャズの要素を取り入れながら、新しいサウンドを作り出している。
Four Tet:ジャズのリズムを取り入れたエレクトロニカ
Four Tet はジャズのリズムやサンプルをエレクトロニカに溶け込ませるのが得意だ。彼の音楽はビートが有機的に動き、どこか温かみを感じる。
例えば、『Rounds』や『There Is Love in You』といったアルバムでは、ドラムが機械的なループではなく、揺らぎをもって展開していく。そこにシンセやアコースティック楽器のサンプルが重なり、独特の浮遊感を生んでいる。クラブミュージックとも少し違うし、ジャズでもない。その中間にある心地よさが彼の魅力だ。
Flying Lotus:ジャズとビート・ミュージックの融合
Flying Lotus(FlyLo)は、ジャズの複雑なフレーズやコード進行をビート・ミュージックと掛け合わせるスタイルだ。ローエンドが太く、ドラムはヒップホップ寄りでありながら、ジャズの即興性を感じるサウンドになっている。
特に『Cosmogramma』や『You’re Dead!』では、浮遊感のあるシンセと動きのあるベースラインが印象的だ。音の隙間には細かいエフェクトやサンプルが詰め込まれ、奥行きのあるサウンドを作り出している。ジャズの柔軟さとビートミュージックの重さが、いい感じのバランスで溶け合っている。
Four Tet はアコースティック楽器やフィールドレコーディングを細かく加工し、繊細なビートを生み出す。一方で、Flying Lotus はヒップホップやブレインフィーダー系の影響を受けた、ズレ感のあるビートを使いながら、ジャズの要素を取り入れている。
Four Tet はシンプルで精密、Flying Lotus はより感覚的でダイナミック。こんな感じの違いを意識しながら聴くと、より楽しめるはずだ。
ジャズと電子音楽の未来
ジャズと電子音楽の融合は進化を続けている。シンセを駆使する Floating Points、ヒップホップとクロスオーバーする BADBADNOTGOOD、ビートメイキングの感覚を持つ Makaya McCraven など、新しい形のジャズが生まれ続けている。
Floating Points:シンセとジャズの融合
Floating Points は、ジャズの流動性とシンセの浮遊感を組み合わせるアーティストだ。『Elaenia』では、繊細なドラムとアンビエントなシンセが溶け合い、『Promises』ではファラオ・サンダース(Pharoah Sanders)とのコラボでスピリチュアルな空気を作り出した。クラブミュージックとジャズを滑らかに繋げるセンスが際立つ。
BADBADNOTGOOD:ジャズ×ヒップホップ×エレクトロ
BADBADNOTGOOD は、ジャズとヒップホップを結びつけるバンド。『IV』や『Talk Memory』では、生演奏のグルーヴとサイケデリックなエフェクトを融合し、ジャズの自由さとビートの重さが共存するサウンドを作っている。ヒップホップやクラブミュージックの要素を積極的に取り入れる姿勢が魅力だ。
Makaya McCraven:ビートメイキング感覚のジャズドラマー
Makaya McCraven は、ジャズの即興演奏を録音し、ビートメイキングのように再構築するスタイルが特徴。『Universal Beings』では、ジャズとヒップホップの境界を曖昧にしながら、アコースティックとビートミュージックの中間を探るようなサウンドを展開。リズムの編集が独特で、生演奏と打ち込みの中間のようなグルーヴを生み出している。